FIVE COLOR[S]INK ⼀級建築⼠事務所|⼤阪市⻄区北堀江

BLOG

【ナカシマリョウマのくだらない話】

黒いパーカーの男

その日は朝から雨だった。
バス停には僕の前に3人ほどの人が並んでいる。
もう秋も深まる季節だというのに生温い空気が肌を伝う。
そのヌルッとした空気が雨の湿気でさらに肌にまとわりつく。
低い空の薄暗い景色の下、朝の清々しさは気味の悪さに変わっていた。

雨の中、道路を挟んだ向かいの歩道を塊になった小学生たちが登校していく。
交差点では信号機の下で大人たちが黄色い旗を持って誘導している。
青から赤へ。走ったり、声を上げたりと点滅しだした信号によって少しだけ騒がしくなる。

目線の先には信号を曲がるバスが見えたかと思ったら、思いのほかスピードを上げていて
みるみるうちに勢いよくバス停前に停まった。

僕はポケットからスマホを取り出し時間を確認する。「4分遅れか。」心の中で呟く。
きっとこの雨で道路が混んでいたのだろう。朝の忙しい時間帯ということもあり
運転手の時間通りにいかないことへのイライラがブレーキのかけ方で見て取れた。
ふと振り返るといつのまにか僕の後ろには15人近くの人が並んでいた。

僕はバスに乗り込み後ろのひとつだけ空いた席に座った。
「傘、邪魔だな。」独り言ちる。傘から水滴がしたたり落ちる。

満員でドア付近に人が溜まり閉まりかけては開く。それを2度ほど繰り返してようやく閉まる。
時間遅れの満員のバスは勢いよく動き出した。
運転手のイライラは最高潮のようだ。

運転手のイライラと焦りを帯びたバスがスピードを速めて進む。
雨模様ということもあり、スピードの上がり過ぎたバスに不安が募る。
前の座席の手すりを握る手にじんわりと汗がにじむ。「頼むから事故るなよ・・・」

緊張をほぐそうと窓の方に目をやる。そのときふと入り口付近に立つひとりの男が目に入った。
黒いパーカーを頭から被り、背中にはリュックを背負っている。
被ったパーカーの隙間から見える横顔は痩せていてどことなく覇気がない。
それでも若い雰囲気があり20代前半だろうか。混雑していてうまく見えない。

そんなことを思っているとバスは勢いよく停まった。
立っている乗客の中には雨で滑りやすくなった床で足元を滑らせる者もいたが
満員だったことが幸いして倒れた人はいなかったが、乗客の顔を見ていると
僕と同じように事故への不安からか必死に近い雰囲気で前を見つめているようだ。

そんな調子でバスは途中の停車場に2度ほど停まったが、
すでに満員だったので一人も乗せることなく終点の駅前についた。
かなりのスピードを上げ、途中赤信号ギリギリの状態でも突き進んだおかげで、
乗客の恐怖感と引き換えにして遅れた時間をかなり取り戻していた。

急いで乗客が降りていく。
ぼくも急ぎたかったがうしろの席に座っていたので前の人たちが動かない限り
降りることはできない。ようやく席を立ち、前に進もうとしたとき、
パーカー男の姿が目に入った。
彼は脚が悪いのか、すこしぎこちない歩き方で僕の三人ほど前を歩いていた。

いよいよICカードをかざしてバスを降りた。
傘をさすほどでもないと思い、雨の中を小走りで駅ビルの中に急ぐ。
駅ビルに入りかけたその瞬間、僕の前を黒いパーカーの男が横切って行った。
というか僕の少し前を歩いていたのだが、駅ビルに入る直前でくるりと
90度向きを変えて別の方に歩き出したのだ。

彼は雨の中、雨をしのげる駅ビルに入らずに駅前の広場の方に歩いていった。
もちろん傘もささず、黒いパーカーを被ったままで。
そのぎこちない歩きの後ろ姿を横目で追いながら僕は駅の改札口へと急いだ。
そして雨でぬかるんだ床で滑りそうになる足元に気を遣ううちに
すっかり黒いパーカーの男のことは忘れてしまっていた。


つづく。